ココログにアクセスできない!
ココログがニフティにIDとパスワードの統合を行ってから、一ヶ月の間、パスワードがわからず更新できなかった。書類をなくすと非常に手続きが面倒で、一時はあきらめ、グーグルにブログを作った。そちらに引き継いでいこうと思ったのだが、その直後にニフティーの開通書類を発見。ようやくアクセスできた。
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会社の用事でベトナムはハノイに行く。行きは5時間、帰りは4時間の飛行で、近い国だ。シェラトンホテルの敷地から。空港からの道路沿いには田んぼが広がり、三角帽子の農民が耕作をしている。
牛が田を耕しているのを生まれて始めて見た。植栽が広葉樹で優しい雰囲気。モータリゼーションで排気ガスがひどい。公共交通機関がバスと幹線鉄道しかなく、市内はみなバイクで移動するから混雑もすごい。子供は連れて行けない。
バイクとクルマはクラクションを連続的に鳴らしながら走行する。ただ、意外とぶつかる事故は様子から予想するほど多くはない。クラクションであおっても喧嘩にはならない。独特のうねるようなペースで交通が進行する。交差点に信号がないことも多いので、歩行者が渡るときも車とバイクの波を泳ぎ分ける格好になる。急に走ったりしないことが肝心らしく、バイクとの間合いを見ながら鷹揚に歩いて渡る。先進国の感覚では考えられないような独自のルールとペースで動いている。最近クルマを買えるようになる人が増え、そうすると必ずクルマを買うために混雑が急速に激しくなり交通渋滞が増えているそうだ。モータリゼーションを飛び越して情報化、テレワーク化、なんてやっぱり幻想なのかな。これから先、ベトナム、中国、インドとか人口の多い国々がこんな風にモータリゼーションを経由していくとしたら大変だ。電気動力の活用を国際的に推進したらどうか。何かマクロ的にいい方法はないんだろうか。
湖で釣りをする人々。竹の棒の先に糸を通す金具がついていて、リール状のもので巻き取る。ルアーを引いているようだ。竿に弾力がないので大きくあおって投げる。こんなのも始めて見た。
市中はバイクだらけ。一日に全国で数十人が死ぬらしい。同僚も交通事故を目撃したそうだ。
大聖堂の前。学校が終わる夕方の時間になると、大量の学生で溢れ返る。この付近には比較的オシャレな方のカフェやみやげ物屋がある。付近のカフェ・モカのコーヒーは極めておいしい。ベトナムはコーヒーのおいしい国だ。最終日に有名レストランのインドシンで夕食を食べた。店オリジナルのインドシンスープがおいしい。ワインもうまい。ソフトシェルクラブと焼きそばがうまくて満足。デザートのプリンと食後のコーヒーも非常においしかった。
世界遺産のハロン湾に観光に行く。港には数百隻の観光船が停泊していて壮観。
観光船のデザインはクラシックで洒落ている。一階で座って食事ができ、二階がデッキになっている。この船群が景色の調和を生み出している。
桂林(行ったことないが)の写真と良く似た、丸みと高さのある島々が3000くらいもあるらしい。少し霧がかかって美しい景色だ。ボートピープルが岩陰に住んでいる。政府は彼らの子供に教育を施そうと援助をするのだが、生活費に使ってしまうらしい。生活排水で汚染の原因にもなるだろう。湾内には生簀があり、観光船は繋留して昼食用に活魚を販売している。ついつい買ってしまうが、大変な暴利でボッタクリだ。タクシーの初乗りが70円くらい、高級レストランでも4000円くらいでディナーが食べられるのだが、蝦2尾、小さいカニ一杯、小さい貝一個、蝦蛄一匹で4000円とられてしまった。まあいいのだが。
途中で洞窟のある島に停泊したりもする。ハノイから片道3時間で一日がかりだが、行ってよかった。
ガイドさんの話では、ベトナム人口の半数以上は25歳以下だそうで、若い人には担保も何もないため銀行ローンができない。それで5年くらい働いてお金を貯めて、350万円くらいでアパートを購入するのが20代後半の若夫婦の置かれている状況らしい。物件を担保にとるという発想がないのだろうか。やがて華僑系の銀行がリテールの融資市場を開拓していくんだろう。日本の援助で橋や地下鉄を建設中だそうだが、全部持ち出しの援助ではなくて、金融などの分野でも進出するべきだろう。日本企業は大きな工場をタイからベトナムに次々と移転しているらしく、やたらと綺麗な日本企業の工場がそこここにある。それもそれなりにいい投資だろうけど。
そしてホーチミン廟。せっかく社会主義国に行ったので絶対見ておこうと思ったが、行ってよかった。個人の墓で、しかも遺体が永久保存され、外国人でも「参拝」できるというのがすごい。フランス統治と戦って勝利したのも歴史上稀に見る快挙ですごいの一言だが、ベトナム戦争もホーチミンの死後6年で終結したわけで、西欧に思うさまに侵略されながら、ここまで徹底して退けたアジアの国、その指導者である。人格が高潔で汚職にも手を染めず、国民に慕われていた様子は美術館にある絵や彫刻からも伺える。体制によって美化されている部分もあるとは思うが、印象としてはそれにとどまらず、民衆の真情が伺えた。
ホアロー収容所跡。ベトナム戦争中の捕虜も収容され、マケインはここを含めて5年半耐えて英雄になった。大怪我の治療もろくに受けなかったそうだから捕虜の扱いとしてはひどい状況で生き延びた。軍幹部だった父親の影響力で先に釈放されるのを辞退したのはすごい。普通の人間にはできないことだろう。
ホアロー収容所跡にはフランス統治下のベトナム人ゲリラに関する展示が多い。フランスが用いたギロチンも展示されている。本当に殺人に使われてきたギロチンの実物なんてもちろん見るのは始めてだ。処刑されたベトナム人の首の写真も展示されていたが、首を切られているだけではなくて顔中がズタズタに傷付けられている。独房内も足かせで動けなくされている部屋もあり、まったく人間扱いされていない。植民地支配というのはすべからく、コロニアル建築や美しい公共建築物に惑わされてしまうが、実態は実に恐ろしい暴挙だということが嫌でも分かる。
市中の学校?とスクールバス。教育には力を入れていて、6,3,4年生。最近は小学校から英語を教えるそうだ。でもしゃべれるようになるのは大学まで英語を専攻した人だけらしく、日本と似ている。制服は各校共通のジャージ姿である。
フランス統治の名残、大劇場。かなり立派な建築である。アジアの風景に良くなじんでいて確かに美しい。でもまあ日本のように、こういうのがない、ということが西欧の植民地ではなかった証ということだ。ハノイオケというのがあって当日も8時から(ヨーロッパ式の開始時間)演奏があったがフライトの都合で行けなかった。近くのオペラクラブで昼飯を食べる。ローカルなフォーの店で食べようと思っていたがついつい。案の定お客は日本人ばかり。日本人向けの超高額メニューで4000円くらい。味は普通。さぞかしボロ儲けだろう。ボビシン(Bobi Chin)という店もあるらしく、そっちはおいしいらしい。
美術館。収蔵品はすべてベトナムのもの。古代のレリーフから中国支配時代の仏画仏像、現代の絵画まで。近代以降は戦争関係が非常に多い。彫刻が非常にうまく、点数は少ないが優れたものが多い。南ベトナムの兵士と母親、娘の群像で、手に取った大地の土を見つめている像があり、あまりの迫真性に立ち止まって見入ってしまった。戦争でどれほど心と人間性が痛めつけられ、悲しみが生まれるかを雄弁に語る作品が沢山ある。これも美術のあり方だ。
美術館脇のカフェ。コーヒーがうまい。店の奥にはアジア的水槽に金魚が泳ぐ。ベトナムの人は金魚が好きみたいである。美術館のみやげ物屋さんには、オリジナルの絵が大量に販売されている。フランス人の旅行客が何枚も購入していた。市中にもギャラリーが多数あるが、ここは結構穴場かも。
軍備記念館。対フランス、対アメリカの戦闘の様子を伝える資料と拿捕した武器、使用され実績を上げた武器類が展示されている。基本的に時代遅れの武器で戦っていたのが非常によくわかる。拿捕した米軍の兵器は実にゴージャスで、よくぞ撃退したものだ。これを見ていると、どんな軍備でもないよりマシだと分かる。イラクのようなハイテク戦争になってしまえば手も足も出ないだろうけど、それでも何もなければやられっぱなしだから。後進国から見れば、侵略を重ねてきた欧米”列強”を信用できるはずもない。世界から兵器市場はなくならないだろう。
戦争に負けたが絶滅を免れ、経済発展を遂げた国。そして戦争には負けなかったが年長の国民をほとんど殺され、モータリゼーションによる排気ガスを胸いっぱいに吸いながらも自分の歴史を作る国。気を抜けば文化的、経済的、政治的侵略にすぐにさらされる国だ。今度はホーチミン市を訪れて、メコン川クルーズや、クチのベトコン地下要塞を見てこよう。
それにしても日本は、持ち出しお人よし経済援助、と漫画(ドラえもんとかをベトナムの子供が愛読している)、任天堂ゲーム機による文化侵攻くらいしかしない立派な節度ある国だ。工場を建てて技能を教え、給与水準を引き上げ、生活水準が上がったところで引き払い、今度はもっと遅れている国に投資する。飛ぶ鳥跡を濁さずである。日本の痕跡は何にも残らない。今度、総合商社出身の同僚に、そのあたりどうなのか聞いてみよう。
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長男と娘のパスポート更新で受け取りに連れて行く。もうすぐ中一の長男と、小学校二年の娘の署名が同じくらい下手。彼らの自筆署名が入った豪勢なパスポートはシュールだ。
交通会館に入っている書店に寄る。長男に電子工作やロボコンの雑誌を見せるがあまり興味が無い様子。僕は動力なしの模型にはほとんど興味がなかったが息子は逆だ。ひたすら造形志向のようである。まっすぐ帰って僕は坦々麺、子供たちはマックで食べる。家具屋にちょっと寄ってみると中々いいパーソナルチェアがある。一度買えば長持ちするので非常に迷う。やっぱりイームズのラウンジがいいのだろうか。オットマン跳ね上げ式の安楽椅子タイプは便利そうだ。先が折れるようにしておいて、跳ね上げると足先まですべて支持できる構造のものはないのだろうか。
次男のサッカーイベントに行くと丁度終わったところ。家人は出場。写真だけ写る。次男はボールが腹部に当たって痛がって泣いたらしい。家人は大らかに見守っていたようだ。夕方走りに出かける。夜はひな祭りと称してみんなで千疋屋のゼリーを食べる。美味。
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3月24日、25日の日月と初島旅行。田中屋の初島定食は焼き物だけなのだが腹が減っていると焼き物が食べたくなるのでつい注文。刺身を食べないと満足感が低い。刺身定食はさざえ刺身を除いて地魚刺身もついてくるから得。これに焼き物をサイドオーダーするのがいい。他の店では刺身と焼き物を組み合わせている定食もある。
グランドエクシブでビリヤードをやってみる。家族で遊べて結構面白い。家にあってもいいかも知れないが自分は飽きるかも知れない。帰り際にもう一度やる。娘は背が低くてどうにもならず途中で飽きてしまう。
カラオケが楽しい。こどもも小学生になれば結構歌う。ミスチルのようなさわやか系の歌がやっぱり自分で歌って人に聞かせても楽しいものだ。猫の恩返しの主題歌を娘と歌う。とても歌いやすいいい歌だ。イタリアンのポルトの味が著しく落ちている。まったくおいしくない。困ったものだ。
マリーナで海中展望船のノアに乗る。これは大正解。大型テトラにソフトコーラルや海藻が豊かについているのが良く見える。透明度がとても高い。熱海の海は外洋の流れにさらされていて綺麗なのだろう。良型のメジナの群れが悠々と、沢山泳いでいる。大きなメジナは外洋の潮に洗われている、深度のある磯かテトラにしかいないこと、群れを寄せなければつれないであろう事が良く分かった。釣り雑誌だけではなくて実際にいるということも。小メジナは大きな群れを作っている。これも寄せて食い気がでなければ全く釣れないだろう。磯場にはカサゴも見え隠れしている。このテトラはマリーナの外洋側で釣り禁止区域になっているはずだ。やっぱりそういうところには多くの魚がいる。体験釣りクルージングもあるが朝のたった一時間で大人3500円もするのは考えものだ。一度くらい行けば気に入るかも知れないが。今度やってみようか。
初島湾内で帰り際に貸し竿の述べ竿、オキアミえさで長男、次男と釣りをしてみる。魚もいないしまるで釣れない。数年前に自分の竿を出したときはネンブツダイが入れ食いだった。春先には大物も掛かると常連の人が話している。来るときに熱海港釣り施設を見てきたが魚影もあり、釣れていた。こどもにライフジャケットを着させて釣りをすれば面白そう。でも堤防はやはりこどもを連れてくるのは怖い。落ちればライフジャケットをしていてもかなり危険。王禅寺の管理釣り場にでも冬休みに一緒に行ってみよう。これまでトライした堤防釣り、はぜ釣りなど、こどもを連れてくるとなぜか釣れない。ほんとうに残念だ。一人でぶらりと行けばいわしのサビキなど数百匹も釣れたりするのだが。こどもがあれを経験すれば狂喜乱舞するだろうに。いやというほど釣れる釣りを味あわせてあげたい。
熱海に着いてから、韮山いちご狩りセンターに行く。途中で道を間違え、熱海の山のてっぺんの高速際にあるどん詰まりのアパートに迷い込んでしまった。確かに景色は絶景だろうけれどもすごい急傾斜のてっぺんである。住めば都なのだろうか。
いちご狩りは去年に続き二回目だ。品種は「秋姫」。非常においしい。たらふく食べて大人1500円。やみつきだ。今年はもう一回行こう。今日買ったソニーのポータブルナビだと、韮山いちご狩りセンターがちゃんと出る。
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昨日から花粉を意識している。マスクを付け始めた。風邪も引いているので判別しづらいが、マスクをとると鼻が痛むので、花粉もありそうだ。これから長いマスク生活。花粉は年々早くなっていないか。このように記録しておけば比べられる。
やっと教育要領が改訂された。円周率も3.14に戻った。10年も放っておいたとは。なんたる愚行と怠慢。日経新聞の評論で非常に違和感を覚えることが書かれている。また”詰め込み教育”が復活し、知識の活用力が損なわれる懸念があると。知識の”詰め込み”によってこどもはストレスを感じて心身を害すると。
「知識の活用力」というのは要するにちゃんと状況判断して工夫して切り抜ける能力といったところだろう。それと知識教育とは別次元の話し。相互排他的ではない。学校でそもそも「活用力」なるものなんて教育できるんだろうか。それは勝手に成長して身につけるだろう。塾の必要性を減らして遊ぶ時間を増やすのが一番の方法だ。
こどもを容量の決まった容器になぞらえる発想を捨てない限り不毛な教育論議と混迷は続く。学力は等しくここまで引き上げるべし、という発想も捨てるべきだ。こどもの勉強への興味、記憶力、集中度合いなどは千差万別。そんなこと無理に決まっているではないか。軍隊ならば、最低の能力水準を揃えないと軍事行動ができない。運動会でのマスゲームや朝礼の姿など、軍事訓練を思わせるがその延長の発想だ。過去10年のゆとり指導要領は、台頭してきた国民の力を撓め、無知を受け入れる従順な人間に留めおいて、国家体制の安定を図ろうとする意図的なものではなかったかと疑う。そもそも新聞に掲載された指導要領を眺めると強烈な違和感に襲われる。誰が、何の正当性をもってこのような”規則”を定めているのか。そこには権力がむき出しの形で現れており、権力に組み込まれて意識すらしなくなっている”自由”な現代人に、氷山の一角のように権力の巨大な構造を垣間見せる。
さておき大事なのは、PDCAサイクルをこどもに習得させることだ。学校の勉強はPDCAサイクルを理解させる道具、素材だ。PDCAサイクルは学習能力と言い換えても良い。最も重要なのはC(チェック)、つまりはテスト、フィードバックである。知識そのものの重要性は4割、学習能力が6割。だが学習能力は知識が一定量に到達しないとそもそも発動しない。そして学習ということを意識して学べる動作が知識の暗記なのである。知識を暗記するときにこどもが自発的にPDCAを回すように訓練すること。計画から実行へ、実行から確認へ、確認からプロセスの修正へと、次に何をするか、という「動き」が条件反射的にできるように訓練する。この点においては、徹底的に型にはめ、教え込む。”正規の訓練”を授けるメリットはここにこそある。”学習能力のプロ”を日本の学校は養成するべきだ。
学校の勉強において何が嫌いかはこどもによるが、確実なのはぜんぶ好きというこどもがいない点である。きらいなことを学習する経験を通じて、学習プロセスそのものを意識化することに価値がある。そうして意識化した学習スキルを、好きな学科に適用して伸ばしていくのだ。
英語教育は国策として抜本的に強化する。言語は学習能力の基礎の基礎。英語が分からなければ世界の8割のできごとは自分で直接学習できないということだ。
ぜんぶ翻訳頼みとなり、翻訳されたものというフィルターを通してでないと、世界と接することができない。それではまるで中世ヨーロッパではないか。騙さ
れ、鴨ねぎにされ、バカにされ、相手にされなくても文句は言えないのである。日本人は英語ができないのでコミュニケーションをさせてもらえず、いきなり文化の領域に土足で踏み込まれ、他国化
され、そこにいる人々は文化的に引き裂かれる。昨今、ほとんどの外資系企業で起きている現象だ。
英語よりまず日本語、日本語ができなくちゃ英語も無理とよく言われる。間違っている。別の言語なのだ。どっちが先という順番はない。英語で普通に会話し読み書きができれば、英語を使うときには英語で考えるように自然になる。英語のほうが機能的にシンプルな言語で簡単なので、考えたりコミュニケーションするのに使いやすく、速度も速まる。日本人同士でもそのほうが便利だ。英語が経済活動の言語として大勢を占めているのにはそうした理由もある。英語を使うと情緒の面では単純なので、感情的には単純で陰影は乏しくなり分かりやすくなる。英語で映画を観ると(字幕でも)、言葉こそが単純な心象風景を作り出していることが感じとれる。全く別の体系であり、日本語が英語のベースになる、ということはないのだ。
むしろ語学力であると誤解されていて実はそうではないのは、記号学、論理学的素養である。異文化間では、意味というのは「~でない」という境界の画定でしか定義できないというソシュールの言っていることが日常的に発生する。意識してそれを理解するだけでも、一見語学力が高まったように見えるのだ。日本語によるコミュニケーション能力も高まる。語学力が基礎になっているのではなく、構造主義的な考え方がマルチ文化現代社会の基礎を形成している。これを取り出して中学生、高校生くらいから教育することを試みるべきだ。
帰り道でフィアットパンダを見た。ドアの下側がさび付き、エンジンの音も枯れていてヘッドライトは暗い。だがなぜかシルエットだけのドライバーは暖かそうに見える。なんとも言えない、いい味わい。
古今のクルマデザインの中でも、最良のものの一つ、フィアットパンダ。形だけではない。機関も内装も、すべてがうまくバランスしたモダンデザイン。
徐々に滅びていく車体とともに過ごす歳月には、きっとしみじみとした安らぎと労わりがあるに違いない。古びたものは体と環境によくなじむ。ピカピカの新品は少し不安だ。どこかが調子が悪いほうが落ち着く。
そういえば、昔乗っていたプジョー405Mi16はいいクルマだった。シフトレバーは今にもとれそう、エアコンのノブは回しているうちにねじ切れてしまった。ノブの軸はプラスチックの一体成型で、そりゃねじ切れるだろ、という代物だ。冬の日に買い物に行ったとき、後ろのドアの窓が上がらなくなり、それはそれは寒かった。
だが姿はこの上なく美しく、黒い車体の色は艶やかだった。エンジンは実用エンジンの域を出ないものだったけれど軽くよく回った。クラッチは段つきがなく、すばやいシフトチェンジがし易かった。1.9lしかないのに高速道路では軽々と飛ばせた。タイトすぎずゆるくなく、腰にやさしいモダンな形のシート。そして何より、限界とも思える軽さ。ドアの軽いこと軽いこと。今のクルマにはありえない(側面衝突でもされようものならペシャンコだろうけど)。
何年か乗って、シトロエンXMに乗り換えた後、ディーラーが廃車にしてしまったと聞いて驚いた。後継の406は急に材質もつくりも良くなり、どこにでもある車になった。505、405とプジョーの最良のセダンの時代は終わってしまった。デザイン的にもピニンンファリーナの遺産をひたすら丸めているだけに見える。ちょっと丸めるデザイン変更が成功した例はロータスエスプリくらいなのに。
長男の受験が終わったと同時に新4年生の次男の進学の悩みが始まった。
進学塾のカリキュラムがウェブで公開されているのを調べてみると、随分練られていると感心する。すべての受験生の親が感じていることだと思うが、こっちが本来の「学校」の授業であるべきだ。昼夜逆転してもらいたい。例えば日能研の授業に体育、音楽、図工、情操教育を足して正規の「学校」にしてくれたら、と思わずにいられない。幼稚園児に毎日数時間のお勉強を仕込み、お受験をがんばって私立・国立小学校に入れた親子が笑うという現実。
いざ塾通いともなれば、夏休みも春休みも冬休みもほぼ返上である。一家五人、旅行にも行けない耐乏生活だ。「二人目からは塾には通わせてもバケーションはみんなでとるぞ!」などと勇ましいことを家人と誓ったけれど、実際こどもを塾に通わせ始めればそんなことはできそうにない。三人目も含めたらあと6年間は身動きできない。そしたらこっちはもう40代が終わってしまう。誰か教育改革を成し遂げられる政治家はいないか。政党はないのか。絶対投票するのに。
通信教育をちょっと調べてみると、通塾と同じ教材、ペース、テストを実施しているのは四谷大塚くらい。日能研は進研ゼミのチャレンジの拡張版といったカリキュラムで、受験対応はまず無理だろう。中庸を狙い、なんとか”バランス”のとれた小学校高学年を過ごさせたい。
詰め込み教育というと、大きさの決まった箱や袋にぎゅうぎゅうと何かを詰め込んで、挙句の果てには破裂、崩壊してしまうようなイメージが浮かぶ。こどもが知識を学習する姿は、そうしたイメージとは全く異なっている。こどもは好きなテーマならそれこそ、大人も及ばない記憶力を発揮して膨大な知識を覚えこみ、それを駆使して世界観を構築し、さまざまな考察(というか夢想だが)を行うことができる。ポケモンでも、鉄道でも、自動車や飛行機でも、サッカー選手でも対象は色々。そんなに好きではなく遊びとは無関係でも、友達と覚えあったりして学校の教科であって同じようなことは起きる。漢字博士とか、地理博士とか、理科博士とか。
僕はこどもの学力は樹木に例えるのがよいと思う。こどもは大木の苗だ。それを植木鉢に閉じ込めてしまってろくに肥料も水も日光も与えなければ大きくはならないし、それどころか枯れてしまうだろう。公立小学校は情報教育では大変よい教育を施していて、その点では30年前より進化していると思うが学力教育ではどうだろうか。30年前であれば中学受験といっても教科書を丸暗記するくらいの知識量があれば対応できた。だが今それは不可能だ。理科、社会なら高校レベルの詳細な知識が要求される。多くの知識を備え、大人びた話し方をする優秀小学生はちょっとモンスターのようである。しかし知識は知恵と思考の材料である。こどもが学ぶべき知識量に限界や常識を設定するべきではない。そもそもガイドラインなどいらない。
こどもの学力は大木の苗のように、広い土地と、肥料と十分な水、豊かな日光があればぐんぐんと伸びていく。障害物で枝をたわめないことが大事だ。知識というものは、そもそも相当に細かくブレークダウンしないとそもそも実体感や納得感が得られないようにできている。こどもは教育番組のドキュメンタリーなどを真剣にみて、細かいトリヴィアを親に語ったりするが、簡単なことを理解して記憶するには、非常に詳細な知識が必要なものであり、それを抜きに概論だけ”理解”するということは本来ありえない。それこそ理解、ではなく記号として暗記しているだけになってしまう。記憶することを課し、問う深さには一定の限度を設けるにしても、教える内容を限定する必要はない。そうすれば、その分野で伸びるべきこどもは伸びる。
家人とこどものモチベーションの話しをする。家人いわく、それは「おだてることだ」という。親が喜ぶ顔を見るのは子供は嬉しいものだ。すごいねーと喜ぶことが動機になる。昔は賞状を色々もらえた。習字、水泳などなど。そうするとすごいねーと近所の大人も認め、褒めてくれる。まあそういう賞すら取れないこどもがどうやって動機付けされていかはわからないという。
自分の場合は賞などもらったことはまるでない(習い事はピアノだけだし、コンクールにでも出ない限りピアノに賞状はない)ので、この意見は新鮮だったが家人いわく、当たり前中の当たり前だそうだ。まあそうだろう。やっと、なぜ家人がこどもに漢字検定をやらせているか理解できた。確かに動機付けの効果はあるようだ。僕の場合は英語検定なども「その認定を取ること自体が英語力を上げるわけではない」などと中学生のころ批判していて、受けようともしなかった。
家人いわく、こどもはおだてられてがんばるが、いつかは挫折する。そして努力をさぼるようになるが、やがてやりたいことを見つけると、そのために必要だからという動機で再び努力を始める。という挫折・再生のプロセスを繰り返したどって成長していく。どっちみちどこかで挫折するのだから精一杯おだてておくべし。挫折してもそこで叱ったってしょうがない。「ちょっとできないな。あれ、私はXXちゃんのようにはできないんだな」ということは本人が一番敏感に感じている。そこに追い討ちをかけるように叱ってどうする。そもそも、そうした小さな挫折を感じることも無いまま成長した(あなたのような)人間は、やがてはそうした感性自体も鈍磨してしまうのだ。なるほど。なるほど。
ウェブですこし「教育学」を調べてみると、案の定、カオスになっている様子だ。学問の体を成しているかどうかという論議もあるようだ。とりあえずアマゾンで入門書らしき書籍を注文しておく。
こどものモチベーションとはなんだろうか。勉強する子はなぜ勉強するのか。習い事で努力する子はなぜ努力するのか。人間、40歳を越えるくらいにならないと、つまり折り返し地点を過ぎないとなぜ勉強するといいのかなんて想像の域を出ない。なので、合理的な動機なしに勉強できた者が勝ち、得をするようにできている。しかるに、自分のこどもを見ていると、やらない、と宣言してプイっとやらなくなったりする。ボイコットだ。想定外である。話しが違う。そりゃないだろう。お手上げである。
世の”できる”お子さん方は、訳も分かっていない(はずな)のに、なぜ努力し勉強するのか。させることができているのか。大事な問題ではないか。親教育のビッグトピックではないか。
自分を振り返ってみる。自分の場合は条件反射だったと気付く。端的には”テスト”である。何であれ、テストされて間違いがあると悔しがる。そして条件反射的に満点を目指す。反復問題演習が理解と暗記に不可欠であることを物心つくのと併行して会得する。でないと満天とれないからだ。大学入試までこのパターンに変化はない。損得勘定のような高度な知的判断の結果勉強したのではまるでない。
世間では条件反射的満点動機を持つ人間を”秀才”と呼ぶ。変人とほぼ同義語だ。”秀才くん”以外の人間には理解しにくいことだが、彼らはいわゆる偏差値を気にしない。満点からどれだけ欠損しているかが問題なので相対比較に興味がない。だから彼らにはプレッシャーがなく、お気楽で極楽とんぼである。外から見るとそれが余裕に見えたりするし、らくちんに猛勉強したりして平気なので不気味である。努力というより条件反射的な当然の行動なのだ。東京大学の入試問題はそんな彼らにぴったり。合格点は高いが問題は易しい。私立大学の難問は解けないが東大の素直な問題なら全方位で満点とれる、6科目中4科目満点。そんな学生が受かるのだ。
彼らは目の前から”テスト”(環境、枠組み)がなくなるとからきしダメである。だから一生”テスト”を出され続けるような仕事が向いている。人生、好きなようにしていいよ、と言われるとモチベーションを失ってしまう。ビジョンを作ったりはできない。起業家には条件反射動機型秀才はほとんどいない。事態が複雑で変数が多く重畳しているがゆえに答えが分かりづらいものの論理的に答えが帰結すること自体は予想できる、という程度の状況への対処力はできるが、そういう最適化の枠組みすらない問題、課題にはお手上げである。自分から動いてしまって立ち位置をずらす、とか、そういうのが苦手だから。
条件反射動機があるこどもの教育の要諦は、ひとえに「環境」だ。こどもの目の前にどんな「課題」を見せていくかに尽きる。こどもはそこからスポンジのように吸収して成長する。その限界は「環境」にしかない。四書五経の環境におけばそのように育つだろう。現代でそんなことしたら、どんな大学にも受からなくなってしまうが。
では条件反射動機がない、あるいは非常に希薄、と思えるこどもの場合どうするのか。
そもそも条件反射動機以外で、人々はどのようにして勉強の動機を見つけ、努力し、ひとかどの人物となっていくのか。僕には分からない。
条件反射ではなく、自分で考え、感じながら成長した人のほうがリーダーとなり、社会を方向付け、優れた業績を残している。自分のこどもは秀才でなくていいから、そっちの方角で人生を切り開いて欲しい。従って自分のこどもにまるで条件反射動機がなく、ちっとも”秀才くん”じゃないことはむしろ歓迎すべきことであるはずだ。
だが、では、どうすれば勉強してくれるのか。親としては自分が条件反射してきただけなので、それに反応しないこどもにどう接していいか分からない。勉強できたほうが「いろいろ得する」とか「金が稼げる」と
か、「やりたいことができる」とか説明になっていないのである。
こういう分野を扱うのは”教育論”とか”教育学”とかだろうか。何がどの程度まで”生まれつき”なのか。”才能”とは何なのか。教育にはどのような変数があるのだろうか。そもそも教育とは何なのだ。国や文化、時代によってもの凄く違いそうだが、比較文化的な研究は進んでいるのか。一国の根幹の大問題、英知を結集しているはずだがそうでないことは文部科学省と公立学校をみれば明らかだ。
知ったかぶりの論者、”人格者”が多そうな予感がすごーくする分野である。起業家とかでもちょっと成功するとすぐにこの問題について発言しはじめ、しばらくすると不祥事で逮捕されたりする。およそ世に名前の出た人、多少なりとも出世した人、あるいはまるで出世しなかった人はみんなそれぞれの教育論を持っている。教育に関する大抵の言説は、暗黙のうちにこどもの”資質”や性質について多岐にわたる前提をおいているのにその自覚がない。無邪気なほどこどもとはこういうものだという自分だけの前提をおいて疑わないし前提の存在にも気付かない。そこにこそ網羅的統計的検証が必要だと思うが、それは優生学的思考につながるせいか、なされていないという印象がある。
今まで完全な門外漢なのだが、わが子の養育を通じて問題意識がようやく生じてきた。こどもを上手に育てる”できた親”は、まるで思い通りに行かない僕のやり方と、どこがどう違っているのか。中国のことわざに、こどもを良くしようとしたら三代さかのぼって再教育が必要だ、ってのがある。それはいいとして、じゃあ三代さかのぼって何から始めるんだろうか。とりあえず諭吉でも読んでみるか。
奥山貴宏の死に際と、年老いて死ぬ死に際とに違いはあるか。痛みに苦しみ力尽きて死ぬ。食べ物に執着した親の死に際。”以って瞑すべき”人生とは何か。死の間際にもDVDで映画を観て感想を書く。そのときはまだ”しばらくは”生きているつもり。あまり変わらないのではないか。85歳、まだ活力に溢れ、歴史に名を残し、自伝を完成してすぐに亡くなったショルティの死。その年齢それぞれでなすべきとをなし、満足できることが重要ということなのか。この世に痕跡を残したいと願うものなのか。脳細胞の願い、思いとはまるで関係なく、否応なく死んでいく肉体。年老いても、今と考えることはおそらく同じ。考えて仕方のないことに時間を潰すなという釈迦の教え。朝、仕事に向かい帰ってくるまでの空白。日本の大学の哲学学科科目の不毛な予感。考える道具としてのフランス現代思想。バルトのテクスト理論。死生観。それぞれの国と時代の死生観。晴耕雨読。
ブログ引越し後、一日半、どうやら全ページがグーグルに捕捉されたようだ。だが古いデータはまだ残っている。これがどれくらいで消えるか。一般的には速ければよいというものではないだろう。とはいえ、あるキーワードをタイトルにしているページは古いキャッシュが出てきて、文中にキーワードがある他のタイトルの記事で新アドレスが下がった順位で出 てくる。あるいは、「似たサイトは除いています。。」の箇所をクリックすると、カテゴリーに分かれて固まって出てくる次に、新アドレスが表示される。好ましくない状況だ。
こ の、古い方を優先表示する状態はどれくらい続くのか。サーチエンジンをどのような機能設定で提供するかによって、人々の情報アクセスは左右されるということがよーく分かった。
こういう場合に、紹介されているほうのブログの書き手の側から、「こうしてくれ」という依頼とか、修正とかということはまるでできない。ちょっと強権的だ。その反面、日々コツコツとオリジナルに更新している内容については、このような泡沫中の泡沫ブログでもキーワードによってはトップ表示されたりする。非常に民主的だ。
そして上記の状況はグーグルのみ。ヤフーサーチでは新アドレスは完全に無視されており、旧アドレスが上位表示されることがあるだけだ。これだと、基本的に、僕が、そのキーワードで検索して旧アドレスをクリックしてくれた人に「そのサイトはありません」と表示されることによって”迷惑”をかけていることになる。自分がその立場なら「なんじゃ」と思うだろう。これは申し訳ないし残念なことだ。ニフティーのフリーからベーシックへのコース変更不可、という現状は非常に、よろしくないのではないか。
新しくブログを始める人は、そのブログ業者とアドレスをずっと使っていくことを想定して慎重に選択するべきだ。データの引越しはとても簡単にできる(写真は貼り付け直さないといけないが)ので「気に入らなかったら後で変えればいいや」と思ってしまう。しかし、それによってアドレスが変われば、
1.検索エンジンは思ったようには更新されない。
2.従って、以前のアクセスはほとんど失われる。そればかりが検索エンジン上に不名誉な痕跡を残すことになる。それを思うように消すことはできない。
ということになる。無料サービスは使うべきではない。なぜなら、
3.無料ブログは、最初はいいが、やがて表示される広告が嫌になってくる。
からだ。
ブログのコース変更をしてから1日。まだサーチエンジンの情報は更新されていない。突然新しいブログが出現した場合、その全ての内容をキャッシュするというのは結局なされないのかも知れない。日々の更新部分が反映されるのかな。その代わり、消してしまった記事は旧デザインでキャッシュにそのまま残っていたので、そこからコピーして復活することができた。常識なのかも知れないが、もし商売でやっていた場合、途中でURLが変わるというのは莫大な損失になるだろう。お金をかけても自分のURLを獲得し、長期的に使うつもりでいないと大変なことになる。ビジネススクールとかでもこういうことは教えているんだろうか。仕事でも感じたが、Web世界のキャリアパスはまるで違う知識と経験のセットが必要となる。
自分が何が楽しいかについて最近発見があった。妻と夕食後に話しながら気付いた。何か作るのが好きなのだ。形のある何かを。なんでもいい。前職の場合は報告書。思えば、お客さんそっちのけでひたすら報告書という「作品」を作ることに熱中していただけだった。それが生み出す価値云々には正直あまり興味がないのだ。文章を書くのも好きだ。書いてればいいというならいくらでも書いていられる。調べて考えて書く。それは好きだ。
そしてモノを作るのも好きだ。仕事としてやったことはコンピューターシステム作りを少しだけ。本当はそれをずっとやっていたかったのに途中で報告書書きの仕事に転じてしまった。管理職になってそれすらやらなくなっていった。そして同時に面白くなくなっていった。
そうか、オレは何かを作りたいんだ。
趣味では一貫して作るのは好きだ。手先は不器用なので本格的にはならないが。父親はメーカーの工場やってた。妻の実家も建具屋さん。うちの子供たちにはモノづくりの血が流れているに違いない。
仕事としては、モノづくりから離れれば離れるほど、インスタントなお金にはなる。人と話していても、何か作るより、全体像を見てお客さんとの関係を深めるほうが好き、という人も大勢いる。モノに向かうか、人に向かうか。結構大事なポイントに違いない。
さて、僕はこれから何をやろうか。今の仕事はモノづくりから最も離れたところにある純粋サービス業。電話してしゃべるだけの仕事だ。モノが介在しないで情報だけだから高速処理できる。だから儲かる、というが儲けようがある。これも大事ではある。
ときどき、木工職人に無性にあこがれる。養老さんも手を動かせといっている。抽象的な勉強は、頭を抽象化するだけで脳内自己完結、自家中毒に陥りやすい。スウェーデンで木工をやっているIkuruさんという人がいて、素晴らしいブログとホームページをやっておられて、素晴らしいなあ、と思う。木工の職業訓練校というのがあって、うーむ生徒になりたいと思ったりもする。
プロフェッショナルで寿司次郎の二郎さんが出ていた。プロとは仕事に自分を合わせていくこと。この仕事は合うとか合わないとか言ってたら、「合う仕事」なんて世の中にない、と仰っていた。三木谷さんも世の中に面白い仕事というのはなくて、仕事を面白くする人間がいるだけと言ってた。いずれもそのとおりだが、天分に合うかどうかはあるし、仕事の面白さには直結する。茂木さん、脳科学で何か説明してくれないかな。
ココログのフリーコースでこのブログを書いていたが、広告が出るのが我慢できなくて、ベーシックコースに変えた。そのとき、アドレスもブログ名に変えてしまった。これで以前のアクセスが戻るだろうか。検索エンジンはちゃんと更新されるのだろうか。検索エンジンの能力をこれで観察できる。乗り換えは今日の夜9時ごろに実行した。4時間後の現時点では、グーグルの検索結果は過去のアドレスのままだ。それをクリックするとページが見つからない、と出てしまう。このような事態を検索エンジン会社はとても嫌うはずだ。どれくらいで全て変わるのだろうか。また、何かの製品の感想をブログで述べると、検索エンジンだけではなく、製品評価を集めているサイトに勝手に転載されていく。こういう場合の更新頻度はあまり期待できないだろう。リンク不能のまま放置されるのだろうか。そもそも転載は勝手にやっていいのだろうか。
ココログはフリーからベーシックへの乗り換えをサポートしていない。新たにダイヤルアップ会員に加入し、使用料を払わないと広告の出ないコースには切り替えられない。フリーで作っていたブログを書き出し、新たに登録したベーシックコースのブログにアップロードした。そのとき、ジョセフオーディオのスピーカー試聴記の稿を失ってしまった。
まあでも、広告が出なくてスッキリした。フリーコースのブログ画面は、無料ではあるのだが、まるで自分がニフティが広告で儲けるためにせっせと文章を書いているような気分にさせられた。それなら金を払うほうがよほどましなのだが、そもそもインターネット上になにか書くという経験自体初めてなのでついフリーコースで始めてしまった。
今度は自分のアドレスでも取得してやってみよう。商標権とかにも興味が沸いてくる。色々やってみるものだ。今の年齢でこういうことにチャレンジしておいて良かった。日記代わり、備忘録として始めたが、そういう点でもいい。すぐに忘れていく自分の心象風景が思い出せるのはとても面白い経験だ。
恥ずかしながら、トラックバックというのが、いくら説明を読んでも、理解できない。。
ぎっくり腰寝正月も過ぎ、いよいよ出社日だ。なんとか杖で歩けるとはいえ、苦しい。迷った末にクルマを選択。激痛におびえつつなんとか到着。半日顔を見せて、午後から行き着けの鍼医院へ。六本木のかかりつけ医院は僕の救いの神だ。初回のぎっくり腰は四谷三丁目のカイロプラクティックで全快したが、癖になってからは鍼が必要となった。
鍼治療、それは東洋の神秘。驚くべき医術。西洋医学では決して治せない痛みを救ってくれる。無理して熱情ソナタに挑戦した報いで痛めた右腕の激痛のとき、病院で首の懸垂から薬から手を尽くしてもだめだったときにめぐりあった鍼治療。腕は一発で治った。実はこれも、神経を経由した脳の治療なのかな。茂木さん、鍼治療をテーマにしてくれないだろうか。これ面白いと思うんだけど。「プロフェッショナル」に僕の鍼の先生、出てくれないかな。Well Deservedだと思う。
今回の腰は手ごわかったが、今日は2回目の通院。もうかなり楽になった。こうしてやっと、書斎の椅子に座り、ファーギーを聴いて頭を振りながらキーボードに向かえるようになった。8日ぶりだ。やっぱりベッドでは何かを書くのは無理。
鍼の先生こそ、絶対的意義、ゆるぎない価値を体現している存在だ。絶対的な善きものがあるとすれば鍼治療と鍼の先生がそのモデルだ。オーバーとは言えないのではないか。その姿に後光がさし、仏様に見えてくる。ありがとうございますと3回連呼した僕の声は素直だった。痛みは他人には分からない。死の淵から人を救う技とは性質は違っても、勝るとも劣らない意義がある。この驚くべき技が、才能豊かな後継者たちに連綿と受け継がれていくことを切に望む。スキルはピンキリだもんね。
話しは違うが死病に冒された人の極限状態の痛みを取り除くことは、遂には助からない生を数週間ながらえるよりも、善かも知れないと思うのだ。
2008年は、家族で年越しそばも食べ、行く年来る年を見ながらカウントダウンも一緒にやり、元旦の朝起きて雑煮を食べたところまでは良かった。千葉の実家に出発しようとしてダウンジャケットを取りに部屋に戻り、ひょいっとつまみあげたその瞬間、ぎくっとやってしまった。ぎっくり腰は三回目だ。一回目は重たいクイーンロングサイズのベッドを持ち上げてぎっくり。二回目はトランクの奥にあった砂糖の箱を持ち上げて。そして三回目はダウンジャケット。だんだん軽くなってくる。重さじゃなくなるんだよね。
幸い軽い症状に感じたのでそのまま帰省を強行。実家ではほとんど横になっていた。トイレに立つのがつらい。父親は心配していた。帰りは少し離れたところにとめた車まで両手に傘を杖代わりに持って歩いていく。なんとか帰宅した。
夜になると、思いのほか回復している。それで家族が寝静まった後、風呂に入った。これがいけなかった。風呂から上がると腰が重い。そして翌朝、寝室から降りてきて、和室のふとんに横になる。立ち上がって朝食を食べ、椅子に座ってテレビを見たまではよかったがそこから動けない。わずかでも身じろぎすると、腰から脳天までせり上がってくるきりもみのような痛み。声をあげて叫ばないと耐えられない。和室のふとんに横になっても、こんどは布団の硬さが痛みを招く。これは寝室のやわらかいベッドまでたどり着かねば大変なことになる。激痛をこらえて階段を上り、ベッドに横たわると完全に動けなくなった。
それから先はもはやトイレにもいけない。這って行こうかとも思ったが、ベッドから降りたら最後完全に動けなくなって万事休すだと判断。妻に尿瓶の調達を頼む。ペットボトルで急造した尿瓶で用を足す。そのうち大便を催してくる。いよいよ行き詰った。
暗澹たる気分でいると、妻がホームページの印刷を何枚かもって来てくれた。腰痛対処法が色々と出ている。ありがたやインターネット、およびそこに自らの経験を書き込む有徳の方々。ネットを伝わる人々の善意が有難い。風呂は厳禁とちゃんと書いてくれている人がいる。そこに出ているコルセットの活用を試そうと考えて、妻にコルセットの調達を頼む。臀部にかかるように下腹部骨盤を締める方法を試すと、うそのように動けるようになった。これで当面は救われた。なんとか大便も無事終了で一息ついた。
コルセットを締めてからは、あのきりもみ状にせり上がって叫ばずにいられない激痛からは開放された。ただ、コルセットをして寝ていれば治るというものでもなく、結局6日の日曜日まで合計5日間寝たきりとなった。寝正月。
かつて4年前の失職時代に、ゲームをやってみたことがある。中学生のころにスペースインベーダーをやって以来それまで、ゲームとは無縁だった。BASIC言語でI/Oとかアスキーにのっていた「スペースチェイス(懐かしいなあ。迷路がちゃんと立体的に出て、ピピピピーって言ってエイリアンを撃ち落す画面に変わるやつ。よくできたゲームだった。)」とか「帝国の逆襲ゲーム」とかで遊び、プログラムを変えればそのゲーム世界のルールが変わる楽しさを経験していたので、ゲーム作者はやってみたくてもゲームで遊ぼうとは思わな かったからだ。
そんなわけで、ファイナルファンタジーともドラゴンクエストとも無縁だったのだが、ある日、ファイナルファンタジーをプレイしている人(自称ゲーマーの人だった)を傍で見る機会があった。その様は、それこそ魔法を操っているようだった。画面では何やら大事が起きている様子。何が起きてるのか見当もつか ないが、自分の知らない世界だった。これほど世の中にゲームが溢れミリオンセラーが相次ぐということは、きっと面白いに違いない。これが楽しめないのは損失ではなかろうか、と問題意識が生じたのである。
そこで失職を機会にゲームリテラシーを高めるべく、ゲームボーイアドバンスとファイナルファンタジーI、マザー等を購入して取り掛かる。毎日、半日くらいやっていただろう。だがしかし、実際には攻略本がなければ手も足も出ない。先に進めるコツが分からず文字通り画面上を右往左往。怪物が出てきてすぐに死ぬ。ゲームの敷居は驚異的に高かったのだ。これはピアノを習うより難しい。というわけで、FF1も完遂できず に挫折した。。グランツーリスモなどもやってみたが、やはりダメ。
僕にも楽しめたのはクルマを壊れなくし、スリップもなくしたリッジレーサー。やはりダメージを受けなく設定したPCのスターウォーズ(これなんてダメージをゼロに設定しなければクリアなんてできる訳が無い)。それからPC時代の「ガジェット」(分かる人は分かる傑作)。南青山アドベンチャー(アスキー)そして途中で「ポーズ」できるHテトリス。(このブログを書いていて、これらのゲームをググって見たらあったので驚いた。インターネットって面白い。I/O捨てなきゃよかったなあ。夢のPCとかいってノートパソコンが出てた。あのころは夢があった。CPUなんて、単機能の電子回路組んでた少年は天才的発明品として衝撃を持って受け入れた。今のコドモにそういう楽しみはない。)
そして今はWiiの世の中で、今度はあまりにも単純なゲームが流行っている。それはそれで、やっぱり遊ばない。かつて僕のように感じていた人の人口は多かったのかも知れない。
もうきっとあるんだろうが、あるといいなと思うのは、携帯電話でできる英単語カード。もう、単純に英単語カードの機能のみ。あるのかな?ピアノの全鍵盤をカードにして裏に音程を答えとして書いたカードを自作してやってたことがあるが(効果的です。譜読みがとても速くなります)、これもあったら便利だ。正答率の集計とかつけて、間違ったのだけ繰り返すとか、暗記学習の基本動作を組み込んだら世の中の役に立つと思うのだが。だれかやってほしい。(っていうかもうあるんだろうな。探せば)
メキシコのパチューカとチュニジアのエロワール・サヘルの準々決勝。小学校の割り当てシートを無料招待で、サッカーをやっている次男とその友達を連れて国際競技場に行ってきた。サッカーの試合を観るなんて生まれて初めてである。国際競技場に来るのも初めてだ。こういう機会でもなければ絶対来ないだろう、経験だと思って出かけた。
技術やチームの強さはメキシコだった。ボールも大体メキシコが持っていて、チュニジアはボールを支配するという感じではなく時たまゴールに寄せてきてぶつかっていくという感じ。でもメキシコは攻撃が足りなかった。正面が空いていても外に出してしまうことがあってもどかしい。ラスト5分でチュニジアがゴール。
冷たい風が吹き付ける真正面の席で、実に寒い。ひざ掛けのようなものが必要だ。裾の長いスタジアムジャンパーの意味が分かった。あれは必需品なんだな。飲み物、食べ物は現場では買えない。列に並ぶか試合を観るかの二者択一になってしまう。来てる人たちは結構サッカー好きが多かった。プレーを良く見ていて、いい場面でしっかり反応していた。僕にとってはプレーが遠すぎて選手の表情も見えないし、微妙だ。
ゴールが決まる前ごろにウェーブが3周くらいしたことがあって、僕も参加してみた。いい経験だったけど、寒すぎる。子ども達と一緒に午後を過ごせて、それが非常に良かった。何か大会グッズを買ってあげればよかったかな。
今日は、言うことを聞かない小学生の娘のおしりを叩いて、玄関から締め出して叱ってしまった。そこまでするのは初めてだ。ランドセルを頑固に片付けなかったから。妻によれば、テンションを上げて叱られると一切言うことを聞かなくなるのだという。妻の力では玄関から出そうとしても無理だともいう。
家に入れた後もパパのバカといい続けてふてくされたまま寝てしまった。上の男の子たちは大声で叱ってきたが娘には甘かった。でもいつまでも「大好きなパパ」ばかりではいられないのだろう。もう理屈の分かる年齢だ。正しいことを親が言っているのにそれを聞かないときには、可愛がられている自分といえども叱られるということは分かってもらう必要がある。その結果、娘に煙たがられても仕方ない。世のお父さん達はみんなそうしているのだ。
今まで、家の中がもめてくると、二階の書斎に引っ込んでオーディオを聞き始めていたことが多かったような気がする。そう妻が言っているから確かなのだ。子どもが起きている間は居間にいて、自分も必要と思ったら介入しようと決めた。余計なことを言い過ぎないように気をつけないといけないが。オーディオは子どもが全部寝てからだけに決めた。
朝のNHKFMで、デュプレ、チェリビタッケ指揮のドボルザークチェロ協奏曲がかかっていた。一度聴いたら忘れられない演奏。知ってるだけでデュプレのCDを持っていなかった。早速ネットで注文。家で音楽を聴きながら注文できるのは実に便利だ。NHKFMの朝のクラシックは貴重な放送だと思う。ピアニストのオピッツもこの放送で知ったし、自分からだと手に取らないような色んな曲に触れることができる。
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